背後から大きな声がしたと思ったら、青木さんだった。
「青木! 久しぶりだね」
「おう。前に子どもを見に行った日以来か?」
「そうかも。もう歩き回るし、言葉も話すよ。パパと違って、ずいぶんおしゃべりな子に育ってる」
「親父は無口だからなぁ。正反対じゃん」
 楽しげに話すふたり。胸がチクチクする。
 青木さんは理沙先輩のことを本気で好きだった。大地先輩を奪おうとしていた私の策略なのだけれど、ふたりがくっつきそうになったこともある。
 彼女はもう何年も前に結婚しているし、子どももいる。彼がまだ彼女を恋愛的な意味で好いているとは思っていない。
 思っていない、けど……。チクチクする。
「ちょうどいい時間だし、ランチ行こうぜ。沼田も一緒に」
「いいね! 私こっち方面に来ること滅多にないから、久々にあのお店に行きたいなぁ」
「理沙先輩が好きだった、あのイタリアンレストランですか?」
「そうそう。あそこのボロネーゼ、絶品だよね」

 彼女お気に入りのイタリアンレストランまではビルから徒歩1分。
 まだ正午を回っていないこともあり、並ぶことなく入店できた。この寒空の下で妊婦を並ばせたくはなかったから、よかった。
「ふたりめ! そりゃめでたいな!」
 彼女の懐妊を聞いて、青木さんも表情を輝かせる。
「ふたりめはもう少しあとかなって思ってたんだけど、コウノトリが運んできちゃった」
「ははは。ま、夫婦円満ってことだろ」
「うん。おかげさまでね」
 パスタを頂きつつ、話は弾む。
 仕事のこと、彼女の家庭のこと。
 そして、私の退職のこと。
「えーっ! 愛華ちゃん、辞めちゃうの?」
「はい。今期いっぱいで」
 退職の理由、つまり実家のことなどを話すと、理沙先輩は納得したように頷いた。
 彼女はインターネット事業部にいた頃、私の紹介で鑑美屋グループと仕事をしたことがある。
 その時は青木さんも少しだけ同じ事業に携わったので、思い出話に花が咲いた。
「寂しくなるなぁ。うちのパパも、きっと寂しがるよ」
「大地先輩にも、いずれご挨拶するつもりです」
「うん、よろしくね」