理沙先輩こと神坂理沙さんは、2年前までインターネット事業部の一員で、青木さんと同じウェブコンテンツ課でウェブサービスの運営に携わっていた。
 “自分で企画したものを形にしたい”という夢を持ち、ひたむきかつ情熱的に働く姿を、今でもよく覚えている。
 彼女自身は仕事のできるタイプではないのだけれど、前述したように、つい手を貸したくなる不思議な魅力の持ち主だ。
 その魅力に、私は今でも心の底から嫉妬している。もちろん、尊敬半分で。

 彼女は3年前に結婚し、2年前に産休に入るまで、この部署で2度夢を叶え、ふたつのサービスの立ち上げに成功した。
 そのうちのひとつは大きなビジネスとなり、提携先の会社に高額で売却することに成功。
 SK企画はそれを資本にして新しく株式会社SKネットという新会社を設立した。
 そして彼女の夫である丸山大地先輩は、その新会社に立ち上げメンバーとして携わり、今は重要な役職に就いて活躍している。
 会社にここまで大きな影響を与えた彼女は、我が社ではちょっとした伝説の社員なのだけれど、彼女はそれをまったく鼻にかけることなく、最初の産休を期に一般職へと転向して新しいライフステージを謳歌している。
 今は子育てをしながら、都内の営業所で時短勤務の事務員をしているそうだ。
「愛華ちゃん、相変わらず綺麗だね。キラキラピカピカしてる。私もこんな大人になりたかったなぁ」
 理沙先輩に褒められるとくすぐったい。彼女はまったく邪気なく本心で褒めてくるので、かつて彼女を貶めようとした罪悪感が疼くのだ。
「褒めてもなにも出ませんよ。理沙先輩こそ、全然変わりませんね。今日はどうして本社(こっち)へ?」
 私の問いに、彼女は「えへへ」とはにかんで答える。
「実は、産休の手続きに」
「産休! ということは……」
「うん。ふたりめができたんだぁ」
 そう言ってお腹を撫でる彼女はとても幸せそうだ。
「わぁ! おめでとうございます!」
「ありがとう~」
 オフィス内が祝福ムードで盛り上がっていたのはそういうことだったのか。
 彼女が異動してまだ2年。この事業部には彼女とともに仕事をしたメンバーがたくさんいる。
「うおっ! 神坂じゃん!」