とうとうこの日がやってきた。
 私、沼田(ぬまた)愛華(あいか)は今、密かに緊張しながら朝礼に臨んでいる。
 毎日の朝礼は5分にも満たない簡易的なもので、私たち社員にとってはお仕事スイッチをオンにする儀式だ。眠い目を擦って出社した社員も、この朝礼でシャキッと目を覚ます。
「最後に、ウェブデザイン課の沼田からお知らせがある」
 山中(やまなか)部長に名を呼ばれ、私の緊張はピークに達する。彼に促され、彼の隣へ。
 インターネット事業部のみんなの視線を一身に受けながら、私は深く息を吸った。

「個人的なことにお時間をくださってありがとうございます。私、今期いっぱい……つまり3月末を持ちまして、このSK企画を退社することにいたしました」

 静かだったフロアがかすかにざわめく。
 私はほんの一瞬だけ、向かって左奥にいる青木(あおき)達也(たつや)の様子をうかがった。
 青木さんは5年先輩の社員だ。ウェブコンテンツ課の営業マンで、役職はディレクター。
 よーく見れば整った顔立ちをしているのだが、ひょうきんでチャラチャラしているためそのイメージは薄い。
 今日は紺のスーツを着ていて、シャツはいつも白。
 私の入社当時は短髪だったのだが、今はミディアムロングまで伸ばしている。アップバングにセットされているから、私の挨拶を聞いて目を真ん丸くしているのがよく見えた。

 私はたぶん……いや、かなり高い確率で、彼と両想いだ。
 ただし、それを確認し合ったことはない。

 彼が期待通りに表情を変えたのを目の当たりにして満足を覚えた私は、にっこり笑って続きの言葉をつむぐ。
「今はまだ1月中旬ですから、じっくり引き継ぎをしていくつもりです。あと2ヶ月間、誠心誠意勤めますので、よろしくお願いいたします」