「せっかくだから紅茶淹れようぜ」
 彼がそう言うので、私は給湯室でふたり分の紅茶を淹れた。
 茶葉は給湯室にストックしてある備品ではなく、私が個人的にデスクに常備しているFBOPのティーバッグ。ちょっぴりお高い紅茶なので、気合いを入れるときやとても疲れたときなど、特別なときにしか飲まないようにしている。
 いわずもがな、今日は特別だ。
 あの素晴らしいタルトを食すのに安物の紅茶なんか飲みたくない。
 青木さんが買ってきてくれたタルトだから、なおさら。 
 急に残業になってしまったことを腹立たしく思っていたけれど、こんなティータイムができるのなら、かえってよかったかもしれない。
「青木さん、紅茶に砂糖入れる?」
 私が紅茶のカップを持ってオフィスに戻ると、彼は私の隣の席に座り、タルトの箱を完全に開いて食べやすいようにセットしてくれていた。
「入れる入れる。俺、苦い紅茶は無理~」
「いい年こいて、味覚は子供よね」
 私はそう言いながらカップとスティックシュガー、そしてマドラーを彼の前へ。
「子供じゃねーよ。紅茶は甘い方が好きってだけだろ~」
 青木さんはそう言いながら砂糖を入れ、マドラーをくるくる回す。
 彼が砂糖を欲するであろうことは、聞かなくてもわかっていた。あえて聞いたのは、ただ彼と言葉を交わしたかっただけだ。
「タルトいただきまーす」
「どうぞー」
 フォークはないのでお手ふきで丁寧に手を拭いてから、手掴みでタルトを持ち上げ角のところをかじる。
 甘酸っぱいフルーツと濃厚なカスタードクリーム、そしてサクサクで香ばしいタルト生地。咀嚼するごとに幸せが口の中に広がる。
「んんんーーー! 幸せ~!」
「はは、よかったな」
 ここで紅茶をひと口。
 ああ、美味しい紅茶を淹れて大正解。
「はぁ……こんなご褒美があるなら、残業も悪くないよねぇ」
「おまえの残業のたびには買ってやれねーぞ」
「え~、ケチ」
「なぁ、俺も食いたい」
「え?」
 青木さんは椅子のキャスターをこちらへ転がし、グッと距離を縮めてきた。そしてタルトを持っている方の手首を掴み、彼の方へと引き寄せる。
 キスをする時のように少しだけ顔を傾け、サクッとタルトにかじりつく。
 私はその間、彼の綺麗なフェイスラインと首筋に、ただ見とれていた。