いただいたお花の香り。お菓子の包み。いままでを取り戻すようにお話を読みたいと言ったら持ちこまれそうになった、大量の本。


手元に残るものはいただけませんと何度も断ったこと。

差し入れでなければ受け取ってくれるかと問われて、なおさらいただけませんと申し上げたら、消えものの一度の量が増えた。


暖炉の灰で蒸した果物の、とろりとした甘さ。

薪割りも火つけも手慣れていて、こちらが困る前にさらりとこなしてくれる。


いちごバターに合うと思ってと渡された、上等なパン。

ふわふわの白パンは、雲のような柔らかさ。少し甘くてとても美味しい。いちごバターはいらないのではないかしらと思うパンは初めてだった。


毎度違うその律儀さは、相手がわたくしゆえか、生来のものか、こちらから測り知ることはできない。


ルークさまは、ヴェールを上げてほしいとは言わなかった。


ただときおり、こちらが意図せずヴェールが風に舞ったときは必ず、慌てて両手で顔を覆うわたくしの手をそっと外して握り、たしかめるようにこちらの瞳をのぞき込んで、「赤が似合うよ」と囁いた。


「あなたには、やはり赤が似合うよ」

「そうでしょうか……」

「そうだとも。私はあなたの目が好きだよ。豊かな髪よりも、うつくしい造作よりも、その希望に燃える目が」


鏡を見るたび、噂話が聞こえるたび定期的によみがえる呪いを、ルークさまは意図せず定期的に解いた。


「あなたと恋に落ちることを、ひとは不幸だと笑うけれど。ただの暴力でしか解決できない私とだって、同じことなのになあ」

「そこがいいのでしょう。未亡人はご令嬢には美味しいものですよ。あなたさまは見目もよろしいですし、名声も人徳もおありですし、遺産だってたっぷり手に入るのですもの」


ルークさまが足しげくお通いになるので、とうとう市井にも忌子と英雄の噂が広まりだした。


激震が走ったであろうことは想像に難くない。


その英雄が王子で、魔女たる忌子が公爵令嬢では、なおさら。