ちいさく呟くと、ルークさまがぽかんとしていた。ぽかんとした顔さえ、悔しいほどうつくしい。


「政略結婚になるかもしれないのに?」

「それでも、ですわ。わたくしなどでもよいとおっしゃってくださった方と、せっかく一緒になるのですもの」

「では、…………騎士は、いやかな」


騎士はその役目ゆえに短命である。


兵役に駆り出された婚約者は、三人とも旅立った。けれどあの方たちは、騎士ではなかった。


常に腰に剣をはき、より色濃く戦いに身を置くひとは、目の前のひとしかいない。


ルークさまがいやかどうかなんて、そんなこと、答えられない。こんな流れで、答えたく、ない。


「わたくし、いまは刺繍と写本で手一杯ですの」


それに。


「……一般に、しつこい方はきらわれますのよ、殿下」

「あなたにきらわれたくはないな」


失礼、と笑った顔からは、すっかりおそろしい圧力が抜けている。


殿下呼びがここまで効くとは思わなかった。まなざしの意味はこちらの勘違いだと、思わせてはくれないらしい。


「わたくしは……わたくしに価値があるうちは、どなたかと一緒になるなんて考えられませんわ」


わたくしが先に儚くなっても、お相手が先に名誉の地に旅立っても、なにを言われるか。


「ですから、いまのままが最善だと思います。家名を捨てて市井に下ったなら、また別かもしれませんけれど」


父に迷惑をかけないなら市井に下るほうがいい。でも、まだ利用価値があるうちは、貴族でいたほうがいい。


どうして大抵の物語には、役職のあるひとばかりが出てくるのかしら。


王子さま、お姫さま、魔法使い、魔女、騎士。精霊や泉の精なんていうものもあるけれど、もっと、木こりとか町娘とか、平凡なひとばかりのお話があってもいいのに。


そうしたら、きっとわたくしもめでたしめでたしで終わることを、現実的に思い描けるのに。


「そうだね。いまのままが、いいのかもしれないね」


声だけで少し笑ったルークさまは、わたくしの目を見なかった。