赤とアビス


もう時計が針を進める音なんて耳に届いて来なかった。ただドクンドクンと響く私の心臓がうるさい。


緩く開かれた彼の瞳に私が映っているんだと考えたら、無性にドキドキした。私はおかしくなってしまったのだろうか、こんな感覚は初めてだ。


揺れた彼の手が、微かに私の頬に触れた。その瞬間、目が覚めたように大きく開かれた瞳。そして彼はすぐに手を引っ込めた。


バツが悪そうに眉を潜める顔からは、彼がどうしてそんなことをしたのかは読めなかった。


「帰り、ます!」


私は勢いよく立ち上がると鞄を掴み取って、そう声に出した。