「どうも。桐島です」

よく行内で目にする完璧な笑顔を前に、さすがの黒田も少し及び腰になったように感じた。

いくら自分に自信があっても、ここまでの美形を前にしたら強気には出られないのか、黒田はバツが悪そうな笑みを浮かべながら「あー、じゃあまたな」と背中を向けた。

その後ろ姿に、今後は一切連絡してこないで欲しいと伝えたかったけれど、桐島さんの手前、言葉を飲み込む。
いくら陸の友達とはいえ、余計な心配はかけたくなかった。

十八時前。路上にはたくさんのビジネスマンが行き交っていて、黒田の姿もすぐに見えなくなった。ホッと胸を撫でおろし桐島さんを見上げる。

「陸と約束してるなら、電話してみた方がいいですよ。朝、他の友達と飲みに行くとか話していた気がするので、またダブルブッキングしてるかもしれません」

陸が桐島さんと私の約束を忘れたのはまだ先週の話だ。
いくら陸でもさすがに一週間も経たないうちに同じミスをするとも思えないけれど……正直、絶対大丈夫と言えるだけの自信もない。

だから、申し訳なく思いながらそう言うと、桐島さんは明るく笑う。

「ああ、嘘だから大丈夫。陸とは約束してないよ」
「え……嘘?」
「しつこそうな男に絡まれてたから、言っただけ。これから一緒に帰ると思わせれば、今日はもう無理だって諦めるだろうから、それで」

助け舟を出してくれたのだと気付いたと同時に、一体どこから見られていたんだろうと不安になる。

〝付き合っていた〟だとか黒田が声に出していた気がする。
でも、そんなことを気にするのは自意識過剰かと思い「ありがとうございます」とお礼を告げる。