桐島さんとはこれが初会話だ。なのに、今の口ぶりは、まるで私のことを昔から知っているとでも言いたそうだった。
それに、私が誰彼構わず面倒を焼いていたのなんてかなり昔の話で、今は違う……と考え、ああそうかと答えを見つける。
きっと、話の中で陸から聞いたのだろうとひとり納得したところで、部屋に漂うビーフシチューの匂いを思い出した。
うしろをチラッと見ると、IHコンロの上には冷蔵庫に入らないサイズの鍋がひとつ。
陸と約束があったなら、時間的にまだ夕飯は済ませていないだろうし……それに私はビーフシチューが苦手だし、なにより、陸と、夏という季節のせいで賞味期限が刻一刻と迫っている。
よく知らない人間の手作りに嫌悪感を持つ人もいるしさすがに失礼だろうか、と考えながらも、このタイミングで部屋にきたのもひとつの運命だと割り切り「桐島さん」と話しかけた。
「夕飯って食べましたか? もし、ビーフシチューが苦手でなければ食べてもらえると助かるんですけど……他人の手料理がダメだったりしますか?」
うかがうように見ていると、桐島さんはキョトンとしたあとで「いや、ビーフシチューは好きだけど……」と不思議そうに答えた。



