ヴィクトルのその一言は、小さな棘となってエリシュカの胸に突き刺さった。
エリシュカも貴族出身だ。身分の上下はあれど、人間とは対等なものだと思っている。だからこそ、嫌な縁談からは逃げてきたし、フレディにも言えば通じるのではないかと思っている。
だけど、ヴィクトルたちにとっては、例えば仕事の邪魔でしかないフレディの行動にだって口を出すことはできない。
(……もどかしい)
彼らとの間に、時々壁があるように感じる。それは、生まれも育ちも違うのだから当然のことだし、どちらが悪いというものでもない。でもエリシュカは、ここに染まり切れない自分を感じるのだ。
「では……」
「エリシュカが気にすることはない。これはリーディエの問題だよ。事実がどうであれ、フレディ君はお客様で、どこかの貴族のご令息でしかない。リーディエは従業員として正しく振る舞えばそれでいいんだ」
「でも」
意外に厳しいヴィクトルの反応に、エリシュカが批難の目を向けると、ヴィクトルは味方を求めてかリアンに意見を求めた。
「リアンはどう思う?」
話をむけられたリアンは、しばらく黙って考えていた。
「……深入りすれば傷つくのはリーディエだろう。縁を切られているなら、他人だ。余計なことは考えない方がいい。フレディ君が来たときは、できるだけエリシュカが接客してくれ」
「は、はい」
「それがリーディエのためだと思う」
ふたりにそういわれてしまえば、エリシュカはこれ以上口を出せない。
でも、考えてしまうのは、リーディエはどうしたいんだろうということだ。
彼女が、最初から縁を切られているから他人だと割り切っているとは、エリシュカには思えなかったのだ。
「……ごめんなさい。私」
物音がしたと思ったら、リーディエが店に下りてきていた。
「リーディエさん、大丈夫ですか?」
「エリシュカのベッドを借りてしまったのね。ごめんなさい」
「いいえ。もっと休んでなくて大丈夫ですか?」
「平気よ。……帰るわ」
リーディエはすぐに帰り支度を始める。
「ヴィクトル、送っていってくれるか?」
「言われなくとも」
リアンの言葉を受け、ヴィクトルが応じる。リーディエは肩を落としたまま、一度も振り返らない。
店を出ていくふたりの姿を、エリシュカは寂しい気分で見送った。



