没落人生から脱出します!

「だから怒らないで」

 涙を拭きながらそう言うエリシュカを、リアンは不思議な気分で見つめた。
 サビナは彼女の剣幕に驚きつつ、「まあ、そうですか」と気まずそうに言い、リアンには「悪かったわね」とぞんざいに謝罪した。

「いえ……」

 リアンはキンスキー夫人の言葉を思い出していた。時折、ものすごく大人びているというところには、リアンも同感ではある。
 だが、今の言葉はリアンが責められているのを助けるために出てきたのだ。
 たしかにエリシュカは変わっているが、優しい子だ。

「リアン、大丈夫?」

 まだ潤んでいる瞳を、まっすぐにリアンに向けて、エリシュカが手を差し伸べてくる。
 彼女の力では引っ張ることなどできないだろうにと思うと、リアンは胸がむず痒くなった。

「ありがとうございます。お嬢」

 笑いかければ、エリシュカはホッとしたように笑った。

* * *

 廊下から、それをうかがうように見ていたキンスキー夫人は、胸にモヤモヤしたものを抱えていた。
 エリシュカに感じる、他人の気配。ただの子供とは思えない何かが彼女にはあり、夫人はそれが恐ろしかった。

 この事件をきっかけに、夫人とエリシュカの間はますます希薄になっていった。
 寂しくてたまらなかったエリシュカもやがて慣れていく。愛してくれない人にいつまでもすがるよりも、毎日を楽しく生きる方が大事だ。
 エリシュカは母からの愛情が得られない慰めをリアンや庭の散策に求め、今までにましてお転婆になっていく。
 そして、伯爵家の庭で、エリシュカが登ったことのない木はないほどにまでなったのだ。