没落人生から脱出します!

 少しだけ躊躇しながら問われたことに、エリシュカは笑顔で返す。

「実は、キンスキー伯爵家は今、没落寸前なんです。それでお父様は、私の縁談で借金を返そうとしているの。でも、私はそんなの嫌。お父様のような年の人に嫁ぐなんて冗談じゃないわ。だから逃げてきたの」

 リアンの顔に分かりやすく不快感が浮かんだ。

「あんなに金に物を言わせてたのに。ざまあみろ……と言いたいところだが、お嬢に返済させようとするとは最低だな」
「でも父だわ。悲しいことに。そして私は、そんな家を簡単に見捨ててくるくらいには薄情な娘なの。……どっちもどっちでしょう」

 自虐的な笑みが浮かぶ。
 結局のところ、そうなのだ。父だけを責められるわけではない。
 自分だって両親や弟たちも見捨てる選択をしたし、そうすることに迷いもなかった。
 今更ながらに罪悪感がチクチクと胸を刺す。顔を見ていられなくなってうつむくと、耳のあたりの髪を撫でられる。

「いいんじゃないか」

 くすぐったさと、なにがいいのかという不思議な気持ちで顔を上げると、リアンが柔らかく笑っている。

「薄情でなにが悪いんだ。商売人の視点から言えば、あれだけの資源と資産を持っていて運用できなかった伯爵はどうしようもない無能だ。見限って当然だ」
「リアンさんったら」
「あの方は昔から見る目が無い」

 話しているうちに、結構な時間が経ってしまったらしい。ドンドンドンと、戸を激しく叩く音がする。

「店長、開けてください。リーディエです」
「リーディエ? 早すぎるぞ。開店までまだ一時間ある」

 リアンは時計を確認し、店の方へと向かう。

「昨日、帰りに片付けられなかったので、掃除しに来ました!」

 リアンが鍵を開けると同時に、リーディエが飛び込むように入ってきた。

「おはようございます。店長!」

 満面の笑顔でリアンの腕に巻きつくようにし、エリシュカをじろりと睨んだ。威圧を感じて、エリシュカは黙り込む。

「あら、泊まり込むだけじゃなくて、朝食まで? まあ随分図々しいこと」
「……すみません」
「お嬢が謝ることじゃないだろ。リーディエ、彼女はオーナーの客だ。そう言っただろ? これ以上失礼を言うようなら報告するぞ」