約束の日。すでに資産管理人と細かな取り決めを決め、契約書にサインするだけという状態で、モーズレイ氏はやって来た。
 窓から馬車の到着を見ていたキンスキー伯爵は、「もう来るぞ、迎えにでるか」とエリシュカを連れ、ロビーへと向かう。
 使用人が扉をあけ、客が招かれる。しかし、入ってきたのはモーズレイひとりではなかった。彼らは同じように立派な身なりをしていて、横に並ぶようにして入ってくる。
 もうひとりの彼を見て、エリシュカは息が止まりそうになる。

「……リアン?」

 ウェーブの栗色の髪をきちんとなでつけ、仕立ての良いスーツをきっちり着込んだ彼は、いつもとはまるで別人のようだ。それでも、重厚な家具を思わせる深いこげ茶の瞳は、いつもと変わらずまっすぐにエリシュカに注がれた。
 エリシュカのつぶやきでキンスキー伯爵も気づいたのか、貼り付けていた笑顔がこわばり、驚愕の表情に変わる。

「お前……リアンか? モーズレイさん、どういうことですか? 彼は……」
「彼はリアン・オーバートン。この商会の共同経営者です」

 モーズレイがにこやかに告げる。

「というか。私は雇われ経営者でして、実際の権限を持っているのはこのリアンと、ブレイク・セナフル氏です。契約書にもちゃんと彼のサインがあったはずですが、確認されてませんか?」
「それは……。いや、書類には問題がないと聞いている」

 管理人任せにしていたのか、伯爵はやや言いよどむ。

「もちろんです。ご心配はいりませんよ。お約束通りの金額で山は購入いたしますし、キンスキー伯爵に不利なことは何もありません」

 モーズレイの説明を聞いた後も、伯爵は不満げに顔をしかめ、リアンを睨みつける。