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 リーディエは、初めて父の顔を見た。
 バンクス男爵は、フレディと同じ茶色の髪と、赤の瞳を持っていた。この人だ、とリーディエの中の本能が告げる。

「あの、私のお父さん……なんですか?」

 バンクス男爵の瞳がゆがむ。その反応に驚いて、リーディエはなにも言えなくなった。

「君が……リーディエかい?」

 そう言った後、彼は頭を下げたのだ。

「悪かった。君には何もしてやれず、辛い思いをさせた。でもどうか、フレディに君が妹だとは言わないで欲しい。あの子に、なにも告げないでくれ」

 リーディエは彼のつむじを見つめた。
 頭を下げられたのは意外だった。貴族が平民に対して謝罪することなどないと思っていたから。
 だけど、同時にもの悲しさが湧き上がった。
 あくまでも、この人にとって、家族はフレディとその母なのだ。彼らを守ることが最優先で、それ以外はきっと、頭にない。

『育ててもいないのだから、僕は親とは言えないと思うけどね』

 頭の中に、ブレイクの言葉が浮かんだ。
『男爵に会ったら、リーディエはきっと傷つくよ』と言った、ヴィクトルの言葉も。
 それが胸を温める。言葉を紡ぐ勇気をくれる。

『それでも私は、気持ちを殺しちゃいけないって思ったんです』

(そうね、エリシュカ)

 リーディエはほほ笑み、頭を下げた。

「もちろん、フレディ様には何も明かしません。母にも、奥方様にも。私はただ、……会ってみたかっただけなんです。〝父親〟というものに」
「……リーディエ」
「握手……していただいてもいいですか」

 微笑んで、手を差し出す。男爵はハッと気づいたように手を伸ばし、彼女の手を握って、――そして引き寄せた。
 男爵からはコロンのにおいがする。そんなことを、リーディエは彼の腕の中で思う。

「すまなかった、リーディエ。ありがとう。会いたいと言ってくれて、ありがとう」

 男爵の声が、体が、小さく震えていた。自分への感情も少しは持ってはいてくれたのだと、苦笑する。