荷物はいつものリュックと、大きすぎない旅行バッグに詰める程しか無かったから。

すぐに準備して、兄の手に引かれるまま立ち上がる。



「お母さん、また会える…?」


「うん、絶対。柚の恋も応援してるわ」


「なっ…!あれは忘れてっ!」



そうだ、お母さんってこーいうふうに少し意地悪に笑う人だった。

忘れかけていた記憶がやっと少しずつ思い出して、パズルのように埋まってきた感覚がする。



「湊くん。柚をこれからもよろしくお願いします」


「もちろんです。…また俺も柚と会いに来てもいいですか?」



母は嬉しそうに笑った。

そしてアパートを出て冬空の下を歩く。



「柚、オリオン座があるよ」


「…きれい」


「あ、そうだ。…おかえり」


「……ただいま」



本当はずっと会いたかった。
こうして話したかった。

ストローの通されたスポーツドリンクも、抱き起こされたとしのふわっと広がる香りや柔らかさも。


全部嬉しかったのに、やっぱり苦しかった。