「な、なにするんですか…っ!?大声出しますよ…!!」


「出してみろよ。殴るぞ」



握り拳を見せられてしまうと、声が出せなかった。

そのまま覆い被さってくる男。


ここは店内の古くなった椅子や机が処分するものとして置いてあったりして、周りからは視覚的にも目立たない。

だからこそ男はこの場所を選んだのだろう。



「やっ!やめて…!!」


「うるせーな」


「んぐ…!」



どんなに暴れたって無駄だった。

余計に力は強まるばかり。
口元を押さえられて、呼吸がしづらくて。


Tシャツとショートパンツというラフな格好だったからこそ、簡単に手は入ってくる。



「やだ…っ、お兄ちゃんっ!お兄ちゃん助けて…!!」


「うわ、ここで兄貴?それって俺への当て付け?柚は良い子だと思ったんだけどなー」



良い子ってなに…?

この人はいつもいつも私にそう言ってた。


この人にとって“良い子”とは、常に自分に従ってくれるような人だ。

そう思うと誰かと似てるような気がした。



「お兄ちゃんっ!!怖いっ、助けて…っ」



でも全然違う。

お兄ちゃんは確かにどうしようもないくらいの悪魔だと思っていたけど、堕天使だと思っていたけど。


それでも堕天使って元は天使だから。

いつも根本的な部分は優しかった。