棗くんのキスには殺意がある



バカバカしい、聞いてられない。

返事をするのも億劫になって、大して行きたくもないのに「トイレ」と言って席を立った。



ハンカチ、リップ、それからスマホ。それだけを持ちこんで、なんとなく鏡の前で足を止める。



前髪の巻きは取れてるし、口紅も落ちてるし、今日の二重幅は、調子悪いし。

ただでさえ気が滅入っているのにこの始末。




「つら……なんかもー、やめたいな、」




けだるい声が自分の口から零れた直後、だった。



手のひらの中でスマホが一度だけ振動した。

ドキリ。心臓が跳ねあがる。



──────誰かからの、連絡。

お姉ちゃんの言葉が頭をよぎる。



喉の奥がぎゅうと狭まり。
やけに重たい動作でスマホを持ちあげて、送り主の名前が表示された画面をようやく見た。




「……、だよね」


キンと張り詰めた胸の中を、空気がゆっくり抜けていく。