………え?
ようやくあげた間抜けな声は、相手に届くことはなかった。
通話が切れた画面をあ然と見つめる。
「どうしよう」で埋め尽くされる頭。
会えるんだ、と。
思ってしまった時点で手遅れ。
おもむろにリップをとりだし、塗って、内カメで、今さらどうにもならない前髪をかたちだけでも整える。
ええっと。とりあえず家に入って、
部屋を片付けないと──────。
「茉結、」
「っ!」
びくりと上がった肩。
ゆっくりおろしながら振り向く。
この人はいつも、やけに丁寧にわたしの名前を呼ぶ。
「わざわざ玄関で待っててくれたの、おれのこと」
「……、」
待ってたっていうか、入る余裕すらなかったっていうか。
「それとも、おれが来る前に逃げようとしてた?」
薄く笑う、棗、くん。
細められた目とぶつかった瞬間に身動きが取れなくなるあやしい力はメデューサみたい。
金縛りよりもタチがわるい。
思考を隅々まで見透かされてる気がする。
からだをまるごと支配されてる気がする。
棗くんはわかるのかもしれない。
わたしが今日、棗くんから逃げようとしていたこと。



