何かと忙しい受験生なので、勝巳との待ち合わせは昼前、十一時半とした。
 もっとも、私は問題集を探したいくらいで、特段の用事は無い。
 午後から予備校の模試を受ける彼に合わせた形である。

 やる気の出ないままスマホを(いじく)り倒し、十一時を回った辺りで財布だけを持って家を出る。

 のんびり歩いても十分以上前に着く段取りだったが、勝巳は既に駅で待ち構えていた。
 駅ビルにはコーヒーショップが入っており、いつも学生や主婦で盛況だ。
 私たちもそこで話すことに決め、ウインドウに面したカウンター席に並んで座る。

 土曜でも慌ただしい駅前の雑踏を眺めながら、彼はおずおずと休みを邪魔したことを謝った。

「いいよ、別に。それより話って?」
「志望校を変えようと思う」

 県外へ出向かずに、私と同じ大学に希望を変えたいらしい。
 そういうことなら、私に質問があるのも頷ける。
 だけど、学部まで同じにすると聞き、自然と疑問が口をついた。

「経済をやめて、文学部? 英語が苦手なのに?」
「別に経済学部だって英語は受験科目にあるし、英文学がやりたいわけじゃない」
「だからって……」
「志望校も学部も、成績や判定結果で選んでたからさ。本当は何がやりたいのか、よくよく考えてみたんだよ」

 数学が得意なのは彼の利点であっても、理系に進めるほど出来るわけではない。
 好きかどうかで言えば、地理や政治により興味があるそうだ。
 文学部には、社会学や政治学の専攻も含まれている。
 なら、文学部を目指すのも悪くはないわけか。

「ふーん。好きならそれでいいんじゃ。で、何が聞きたいの?」
「文学部にしたのは、好きだからでもないんだ」
「は? どういうことよ」

 カップに刺さったストローをグリグリ回し、勝巳は(しば)し黙り込む。
 悩んでいるのは伝わってくるが、話の要点は見当もつかなかった。

 自分のコーヒーを飲みつつ、長い付き合いになった友人の横顔を観察する。
 紗代に余計なことを吹き込まれたせいで、変に意識してしまいそうだ。

 顔の各パーツがやや濃い勝巳は、ひと昔前なら男前と言われたのかもしれない。
 身長は平均くらいで、意外に肩幅がある。

 意を決したらしき勝巳が、急に顔をこちらに向けた。
 まともに彼の目を見つめるハメになり、慌てて外へ視線を逸らす。

「オレさ、自分が何をやりたいのか、まだ全然分からないんだ」
「みんなだって、そんなもんよ」
「だから大学に入ってから、それを見つけたい。細かい専攻は、三年次で決めるんだよな?」

 よく調べてるじゃん。
 自分の気持ちに従って、やりたいようにやるなら、他人がとやかく言う必要は無いのでは。
 土曜に呼び出してまで私に話すのを、やはり訝しく思い、もう一度同じ質問を繰り返した。

「でね、私に何を聞きたいわけ?」
「決め手はアヤだ。アヤと同じ大学に行きたいと思った。イヤならはっきり言ってほしい」
「なん……! はあ? どんな理由よ、それ。私!?」

 文学部なら、それも専攻を決めていないなら選択肢はそこそこ多い。
 勝巳は下宿も許されているし、選り取り見取りな中で、わざわざ私と同じ大学を狙う。
 (ひとえ)に、私がいるからという理由で。
 もちろん、お互いが合格しなければ意味の無い目標だけど。

 これは変種の告白なの?
 進学先って、こんな恋愛絡みの理由で選ぶもんだっけ。

 どの大学も、学ぶ内容も、勝巳には一長一短に思えたようだ。
 それなら、と判断材料にしたのが、私と共に通いたいという気持ちだったとか。
 勝巳の言い分も分からなくはないが、先にもっと言うべきことがありそうなもんだ。

 悪い気はしない。
 イマイチ頼りないけれども、私だって偉そうに言う資格は無い。
 自分が本当は何をしたいのか、昨晩からずっと迷い続けているのだから。

「アヤは立派だと思う」
「そんなことない」
「カウンセラーって夢があるのは羨ましいよ」
「ん……」
「オレにも応援させてほしい。紗代から聞いたよ、オヤジさんの影響なんだって? 凄いお父さんだったん――」
「もうやめてっ」

 キツい語勢に、言った自分でもびっくりした。
 勝巳にすれば不運としか言いようがないが、最も触れてほしくない部分に、土足で踏み入ってしまったのと同じだ。
 悪感情が私を覆う。