五、六限と無難に終了し、疲れたこめかみをグリグリ押さえる。

 昼休みのあとは、いくら目を凝らして探してもミャアは教室内にいなかった。
 キョロキョロ見回す様子は遠藤さんの疑念を深めてしまい、何度も体調を気遣われてしまう。

 カワウソがいようが無害だと思い直してみても、気になるものは気になる。
 監視されているみたいじゃないか。
 ……いや、ミャア自ら、私を監視するんだと言ってたな。

 下校になって教室を出ると、先にホームルームが終わった紗代が待っていた。
 彼女にもミャアについて話そうかと考えたが、勝巳の二の舞になりそうでやめておく。

 電車の中でも当たり障りの無い話に終始しながら、今晩どうするかを考え続けた。
 家に向かう駅前、私はスーパーに寄るからここで別れようと伝える。
 夕食用の買い出しにはよくあることで、紗代が付き合うと言い出したのに軽く驚いた。

「晩御飯の材料だよね?」
「他に歯磨き粉とか、細々とね。見てて面白いもんじゃないと思うけど」
「いいの。暗くなるから、早く行こ」

 スーパーは駅の横手に在り、家に帰るには少し遠回りとなる。
 紗代の家は真反対の方向だから、さらに遠い。
 一緒に行くのは初めてだ。
 こういうのも悪くないかと二人並んで歩き出した。

 夕方の混雑した店内では、紗代が物珍しそうに野菜や魚をチェックする。
 普段は家の手伝いなんてしないんだろうというのが、そんな仕草から透けて見えた。

 食材をカゴに入れ、歯磨き粉と替えの電球も取り、最後に殺虫剤のコーナーへ向かう。
 一つずつ缶を選び、熱心に効能を読む私へ、紗代が訝しく尋ねた。

「対(ゴキ)、じゃなさそうね。それって蜂用だよ?」
「うん、強い方がいいから」
「巣でも作られた?」
「そうかな。そんな感じ……」

 “狭い隙間にも直撃!”などと(うた)う、ロングノズル付きの新製品を一本、これまたカゴへ。
 レジで支払いを済ませ、店を出た時には空は薄暗くなっていた。
 荷物を半分持ってくれた紗代に感謝しつつ、街灯が点き始めた道を歩く。

「あのさ、なんか悩んでるよね?」
「私が?」

 紗代の問い掛けに戸惑い、どう返事をしたものか迷った。

「ずっと考え事してるみたいだし。余計なこと言っちゃったかな」
「余計って?」
「勝巳のこと」

 あー、すっかり忘れてたよ。
 いつもなら悩んだかもしれないけど、昨晩の出来事が衝撃的過ぎて吹っ飛んだ。

 違う、悩んでないと答えても、紗代は疑いの目を逸らそうとしない。
 だからって、ミャアの話をするわけにも……。

「独りで考えてないで、喋ってみなよ。ね?」
「う、うん」

 さあ、どうしよう。
 また流される可能性は高くとも、紗代でダメなら、もう他の誰に言っても無駄だろう。

 とすると、考えるべきは言い方か。
 馬鹿正直にカワウソが登場したとか言うから、話がややこしくなるんだ。

「なんかね、ちょっと込み入った事情なんだけど」
「うんうん。長くなる話?」
「そうでもない、かなあ。私って、作り話が好きじゃん?」
「だよね」
「それを禁止されてさ」
「誰に?」

 当然、こう返されるよねえ。
 でも問題はそこじゃない。
 カワウソだなんて、言うもんか。余計なことは流してしまえ。

「お告げみたいなものかな。私も半信半疑だけど、なんか気になっちゃって」
「夢で見たとか?」
「これ以上、嘘をついたら酷い目に遭うらしいんだ」
「あ、ひょっとしてさ。さっきの殺虫剤も関係する話なの?」

 鋭いな、紗代。
 私が気もそぞろだったのは、とっくに彼女には見透かされており、てっきり勝巳関連の悩みだと考えたそうだ。
 殺虫剤をえらく真剣に選んでいた私の姿に、それがどう恋愛話に繋がるか首を捻っていたらしい。

「部屋にね、出るんだ」
「やめてよ、アヤちゃん。オカルトは苦手なんだから」
「そう怖くはないんだ。だけど嘘をついたら、罰があるって……」
「呪われるってこと? ヤバいじゃん。激ヤバいんぐ」
「アルティメット・ヤババよ」

 頭のおかしい軽口の応酬は、恐怖を紛らわすため。
 紗代は怖がりなので、それが今回は有利に働いた。