鈴と達也が、別居してから数日が過ぎた。


「ねぇ鈴、神野さんとなんかあったの?」


その日の昼休み、社員食堂でやや心配そうな顔で、未来が鈴に尋ねて来た。


「えっ、どうして?」


問い返す鈴に


「だって、ここのところ、別々に出勤して来るじゃない。」


と未来は言う。社内きってのラブラブ夫婦が、急に同伴出勤して来なくなって、早くもヒソヒソ話が囁かれてるらしい。鈴は来たかと思いながら


「ああ。実家の母が体調を崩しちゃって。だから、一時的に面倒見に帰ってるの。」


と用意しておいた台詞を言った。


「そうなんだ。鈴のお母さん、一人暮らしだもんね。大丈夫なの?」


「うん、風邪こじらせちゃたみたいでさ、珍しくSOS出して来たから。でもだいぶ良くなって来たから。」


「そうなんだ、大変だね。それに事情が事情だから、仕方がないにしても愛する旦那さんと離れ離れじゃ。」


「うん。寂しいけど、母ももう若くはないから。たまには親孝行しないと。」


そう言って笑い合って、その場はしのいだ鈴だったが


(これであと何日かは大丈夫だろうけど、こんな嘘、すぐにバレるよね・・・。)


と内心ため息をついた。


その日の勤務も終わり、会社を出た鈴。母親が病気は嘘だが、実家に帰っているのは間違いない。この日もスーパーに寄って、食材を買い込む。


達也と一緒に住んでいた時は、夕食作りも当番制だったが、実家に戻ると、ほとんど鈴の仕事になる。


(普通は、実家に帰ったら、みんなは羽を伸ばしてのんびりするって聞くけど、私の場合、実家に帰った方が、よっぽど大変だよ。)


鈴は愚痴るが、しかし置いてもらっている恩義があるのも確かなので、文句は言えない。


帰宅して、慌ただしく夕飯の準備を始めて、約1時間。良子が帰って来た頃には、すっかり万端準備が整い、母の着替えを待って、2人は夕食を一緒に摂る。


世間の母娘は、こういう時は、結構賑やかに話しながら、食べるらしいが、鈴には信じられない。


この日も仕事の話や、その日のニュースの話題を少し話した後は、黙々と箸をお互いに口に運ぶだけ。昔からこんな感じではあったが、それにしても、いくらなんでも、もう少し会話があったような気がする。結婚して、家を出てから、母親との距離がますます生じてしまったことをつくづく思い知らされる。


「ご馳走様でした。」


この雰囲気に耐えかね、片付けもそこそこに鈴が部屋に戻ろうとすると


「ちょっと、鈴。」


良子が呼び止める。


「はい。」


「あなた、いつまでここにいるつもり?」


「えっ?」


その母親の言葉に、鈴は椅子に座り直した。