「すげー威力なんだけど。母親仕込みか?」
「そうです。なにかあったら、急所を狙うか油断させて頭突きだって、教えられてきたので。女だからってなめられたらおしまいだって」

「さすが」

まだジンジンともグワングワンとも違う痛みが、頭突き直後と同じレベルで続いていた。
痛くて痛くて、こぼれ落ちそうなほどの涙が下瞼にたまる。

「どんなにズルい手段を使っても最後に立ってた方が正義なんだとも教えられました。そのへんは、あまり納得してませんけど……これ、数日腫れそうですね。明日明後日仕事が休みでよかったです」

「俺は明後日仕事だ……最悪、湿布か。ダサすぎるな」と涙目で言う氷室さんをじっと見上げた。

「自分が傷つかないようにって保険かけた上で欲しがるような、そんな半端な思いで誰かを縛ろうなんて甘すぎます。相手が私じゃなくてもプロポーズ断られてましたよ」

氷室さんが目を見開いた瞬間だった。
玄関が開く音がした。

頭突きの余韻のせいか何も考える気にならず、なんとなくふたりして近づいてくる足音の正体が視界に入るのを待っていると、私たちを確認した四宮さんが真顔のまま停止する。

けれど、それをすぐに険しいものに変えた。

「合意ではなさそうだな」

私の目に浮かぶ涙からそう判断したらしい四宮さんに、おでこを冷やしながら事の次第を説明している間、氷室さんはまだ痛みのせいでうずくまっていた。