とりあえず、氷室さんにラウンジの貸切は解除して欲しいと頼むと了解してくれたからそこにだけホッとした。

こんな素敵な空間をいつまでも私たちだけで使わせてもらうなんて落ち着かない。

「氷室くん、これからどこか飯でも行くか」
「いいですね。俺、最近うまい中華見つけたんでどうですか?」
「いいね。どうせまた女の子口説くために使ったんだろう」
「いやー、いい女はうまい飯奢ったくらいじゃなかなかおちないですよ」

楽しそうな会話が遠ざかっていく。本当にあそこが親子だって言われてもなんの違和感もないのに……と眺めていると、「悪かったな」と話しかけられハッとする。

向き直ると、ソファに残った副社長がコーヒーのカップを持ち上げたところだった。
今まで、四宮副社長ご家族と、私と氷室さんという並びで向かい合っていたから、三人掛けの広いソファに今は四宮副社長ひとりだけだ。

斜め向かいに座る副社長は、コーヒーを飲み、カップをソーサーに戻したあとで私を見る。

「事情は、さっき簡単に説明した通りでうちの両親が発端だ。……まぁ、氷室に頼んだ俺も俺だな。巻きこんで悪かった」

目を合わせたままの謝罪に、すぐに首を振った。
放っておけば頭でも下げられてしまいそうだ。それは困る。

「いえ。理由もわからないまま連れてこられたので驚きましたが、私なんかが役に立てたならよかったです。でも……やっぱり緊張しました。四宮役員とお目にかかるのも初めてでしたし失礼がなければよかったんですが」

「問題ない。藤崎がしっかり対応してくれて助かった」
「それならよかったです。副社長に迷惑がかかったらどうしようかとずっとハラハラしてたので」

緊張を解くようにひとつ息をついていると、副社長が「呼び方」とポツリと言う。