「その噂がどうかしたんですか? あの、私、チェーンをかけにいかないとで……」

もたもたしているうちにイレギュラーなお客様が入ってきてしまっても大変だ。
もう閉店時間は過ぎているし早くチェーンをかけてシャッターを閉めないと……と思い言った私に、富井さんは尚も窓の外を見たままで口を開く。

その視線は何かを追うようにゆっくりと動いていた。

「うん。……うん。その幽霊のおばあさんがさ、さっきまであっちの歩道にいたんだけど、横断歩道渡ってどんどん近づいてきてて……今、ちょうどうちの駐車場に入ったんだよ……」

「え……えっ?」

もともと私は怖がりだ。
怪談の類はまったくダメだし、こちらが防御策をとれない、バラエティー番組やニュースの合間に突然流れるホラー映画のCMには怒りすら覚えているほどに嫌いだ。

お化け屋敷なんて冗談じゃない。

「わ、私、見られません……っ」

『どんどん近づいてきてて……今、ちょうどうちの駐車場に入ったんだよ』なんて恐ろしい実況中継を聞かされて自分の目で確認できるほどの度胸はない。

店内には暖房が入っているのに体感温度は一気に下がったように感じて背筋がひんやりと冷たくなる。

ロビーをただならぬ雰囲気が包んでいた。

恐怖から富井さんのスーツを掴むと、真っ青な顔をした富井さんが震える口を開く。
その視線はお店の自動ドア付近まで移動していた。