「お疲れ。用事があってこの辺にきたから、どうせなら顔だけ見て行こうかと思って待っていたんだ」
「あ……そうだったんですね。すみません。待たせてしまって」
「いや、連絡もしないで待っていた俺が完全に悪い。だから気にするな」
四宮さんはそう笑ってから私を見つめる。
その瞳があまりに優しいから、支店にいるときからずっと目の奥に押し込めている涙が誘い出されそうで、慌ててうつむいた。
「あ、その、たいしたものは作れませんけど、よければ寄って行かれますか?」
わざわざ待っていてくれたのに、立ち話だけで帰すのは失礼かと思い聞いたけれど、四宮さんは首を横に振った。
「いや、今日は遠慮しておく」
「そうですか……」
「明日、天川支店に顔を出す」
「あ、はい」
「ゆっくり休め。また明日な」と言い微笑んだ四宮さんが歩き出す。マンションの駐車場ではなく、駅の方に向かった背中に、今日は車じゃなかったのかとぼんやりと考える。
それから私もマンションに入ろうとして……足がピタッと止まった。
――部屋に戻ったら。
いつも通りの生活をしなければならない。
いつも通り夕飯を作って、いつも通り氷室さんとおしゃべりして笑って、いつも通りお風呂に入って……。
でも、今のままじゃとてもじゃないけれど〝いつも通り〟ができそうもなくて、どこかでうずくまって泣き出してしまいそうで、それを考えると足が動かなかった。
自分の部屋に帰るだけなのに……それが怖く、気が重い。



