――その日の午後、多恵と部屋で過ごしていると、信長の傅役である平手政秀が、若い家臣とともに部屋に入ってきた。

 私と同じくらいの年齢だろうか、髷ではなく長い髪を一つに束ねている。体格も男性にしては華奢だ。

於濃(おのう)の方様、失礼つかまつります。昨夜はよく眠れましたか? おや、信長様の姿が見えぬようじゃが、こちらではなかったようじゃな」

 返答に困っていると、侍女の多恵が代弁してくれた。

「平手殿、御殿様は昨夜帰蝶様と床を共にされてはおりませぬ」

 多恵の言葉に、平手は眉をしかめた。

「なんと……」

 多恵は鬼の首でも捕ったかのように、したり顔だ。

 平手は「やれやれ」と、大きな溜息を吐き、私に頭を下げた。

「信長様の無礼をお許し下され。ここに控えし家臣は、平手紅と申す。わしの縁者じゃ。多少風変わりではござりますが、剣の腕は天下一。織田の家臣で紅に敵う者はおりませぬ。この者を於濃の方様の護衛としてお側に仕えさせます」

「若き殿方を帰蝶様のお側につけるなどとは、なんと不謹慎な」

「この者は信頼厚き家臣でございます。於濃の方様は信長様の正室。くせ者がお命を狙っておるやも知れませぬ。女だけでは、心もとない。これは信長様が決めたこと。紅はきっとお役に立てることでしょう」

「御殿様が……? されど……」

 小鼻を膨らませ反論している多恵の肩を叩き、小さく頷く。

(よいのじゃ)

「帰蝶様、されど殿方でございますよ。しかも、髷も結わず浪人のような形をしておる。このような者は信用出来ませぬ」

 私は多恵に(大丈夫です)と微笑みかける。平手の後ろに隠れるように、畳に手をつき頭を下げている若い家臣に視線を向けた。