どうしよう、名前……。
今まで誤魔化してばかりきたから…。
そういえばサチコって前にアッキーは適当に言ってきたけど……サチコは嫌だ。
「あと、お前のメアドおしえ───」
─────ガチャ。
絶妙なタイミングだった。
玄関が開いた音、ふーーっと、男の低い声。
たったそれだけで凍る背筋。
どうして、今なの。
いつも帰ってこないのに……。
「なんだ?来客がいたのか」
そう言って、ズケズケ入ってくるスーツ姿の男。
どうせ仕事で使う資料や書類を持ちに帰ってきたか、生活費を渡しにきたかのどちらかだ。
いつも銀行に振り込んでくれるのに、今日に限ってどうして。
「お、お父さん…、」
男は冷蔵庫を開けて、麦茶をグラスに注いで。
ゴクゴクと飲み終わると、私を見た。
いや、正確には私の隣に立っている存在を。
「…あれ?君、どこかで会ったことあるかい?」
「……いえ、…初めまして、」
「青葉の彼氏か?」
ずっと目を見張っていた先輩は、父親の何気ない問いかけにもっと張った。
もう、だめだ。
完全に、完璧に、救いようのない光景だった。
「…藤城くん…、じゃないか…?」
伊達に大手企業でCEOを勤めているわけじゃない。
記憶力は誰よりもある男だった。
先輩に気づいたお父さんは、「これはたまげた」と言うように笑顔で近づく。



