「…大丈夫です。今のキスで治りましたっ」



たぶん先輩は、夏実ちゃんから伝達されるように呼び出されて。

それで私を心配して、雨のなか走って来てくれたんじゃないかなって。


そう思ったら痛みなんかどこかへ飛んで行っちゃった。



「…それ、他の男からされても治るのかよ」


「えっ、治らない…!藤城さんだけ、」



でも今日だけは、今だけは女の子でいたい。



「…なら、ぜんぶ治るまでしてやる」


「え、───んっ!」



これが彼との別れのキスになるなんて知らずに。


とろけるように甘くて、しょっぱくて。

それでいて、切ないファーストキス。



「…そろそろ帰る」


「も、もう…?嫌だ、まだ雨すごいから…!」


「…お前、そういうのはあんま軽々しく言うなよ」



結局、話せなかった。


あのままベッドの上で唇を何度か重ねて、冷めてしまった紅茶を一緒に飲んで。

兄は雨だからアッキーの家に泊まるらしいなんて、また嘘をついて。


先輩は最後にぎゅっと抱き締めてくれると、濡れた服をリュックに入れて黒いPコートを羽織った。



「それといい加減、名前教えろ。俺はなんて呼べばいいんだよ」


「そ、それは…、」


「秘密ってのはもう通用しねぇからな」