ー side 春 ー




「───……春」




その声を聞いたのは久しぶりだった。


声がした方向に視線を移すと、そこにはかつての恋人が少しだけ気まずそうな顔をして立っていた。




体育館に続く渡り廊下。

生徒は今 ほとんどが体育館の中に居るので、この渡り廊下に人の通りはほかに見えなかった。




軽音楽部のパフォーマンスの音が洩れているはずなのに、それよりもはるかに小さな彼の足音の方が鮮明に届く。



どくん、どくん、と心臓が音を立てた。




「…三琴」




古賀 三琴。

私の 元 彼氏で、今もずっと好きな人。



少しだけセットされた軽めのマッシュヘアーは、私が彼に恋をした時から変わっていない。



今まで生きてきた中で、彼以上に黒髪が似合う人はきっといないと思う。


それは、“恋”というフィルターがかかっているせいもあるだろうけれど、そう思ってもおかしくないほど、三琴は恐ろしいほどきれいな顔をしていた。