ひと息つきつつ、今しがた帰った客が座っていた窓辺の席を片付けに向かった。

まるで嵐が去った後の静けさのように、今の店内には客ひとりいない。

だけど、またすぐに新規の客が来るのも時間の問題だ。

ふと顔を上げれば、窓ガラスの向こうに、闇に染まる歩道が見えた。

アスファルトに突っ伏していた彼女を発見したときの緊張を思い出し、反射的に目を凝らして見たけど、そこに彼女はいなかった。

考えてみれば、今日は部活に来てたし、病院に行く予定はないはずだ。

こんなところにいるわけがない。

『……小瀬川くんには、わからないよ――普通でいられなくなる気持ちなんて……』

闇を見ていると、あのときの彼女の声が耳に蘇り、俺の胸を締め付ける。

彼女を“普通”に縛り付ける理由を、俺は知ってるから。

罪悪感と切なさと苦しさで、気づけば彼女に手を差し伸べていた。

関わってはいけないことは分かっているけど、つらそうな彼女を見ていたら、行動せずにはいられなかったんだ。

「いや~、小瀬川くん。ピーク超えたみたいだね」

ふいに、横から声がした。

隣のテーブルでナプキンを補充している店長の声だった。

「そうっすね」と俺は愛想笑いを浮かべる。

「最近、客増えたと思わない? 小瀬川くん目当てかな」

「いやいや、店長目当てですよ」

ハハ、と笑って軽口を受け流すと、店長は「そんなことないって!」と謙遜した。

こういった店長とのどうでもいい会話は、正直めんどくさい。

「そういえば、小瀬川くんって彼女いないの?」

客もいないし、店長の雑談はまだ続くようだ。

「いないです」

「モテそうなのに、もったいない」

「俺、ネクラなんで。学校でも浮いてるし」