きみがため

その日の放課後のことだった。

「水田。お前、部活に入らないか?」

職員室に私を呼び出したクラス担任の増村先生から、そんなことを言われた。

「部活、ですか?」

突飛すぎて、頭が追いつかない。

部活なんて、入ろうとすら思ったことがないからだ。

増村先生は、専攻が古典の、三十代半ばの男の先生だ。

だけどガタイがよくていつもジャージの上下を愛用しているから、よく体育教師に間違えられる。

先生というよりまるで年上の友達のような親しみやすい先生で、生徒からは人気があるけど、ちょっと強引なノリが私は苦手だった。

「でも……」

忙しくしているお母さんの代わりに、私は家事をしないといけない。

それに、特に今は、光の病院に行かないといけないから忙しい。

「分かってるよ。家、大変なんだろ?」

不意をつかれたけど、すぐに当然だと思った。

担任である彼は、うちが母子家庭だということなんてもちろん知ってるだろう。

それに去年の面談で、光が入退院を繰り返していることを、お母さんが当時の担任に言っていたし。

「……そうなんです」

「だけどな、水田。部活は青春の一ページだ。絶対にやった方がいい」

使い古されたようなセリフ。

大人目線でものを言われると、うんざりしてしまって、「はあ」としか言えなくなる。

「だから、文芸部に入れ」

「……文芸部、ですか?」

「俺が顧問だから、融通が効く。家のことがあるだろうから、無理して来なくてもいい。現に、ユーレイ部員もいるしな。だけど一週間に一回は、顔を見せろ。それだけでいいから」