きみがため

そのとき、ガラッとふすまが開いて、光が出てきた。

ランドセルを背負って、通学用の黄色い帽子をかぶっている。

「あれ? 光、もう学校行くの?」

まだ、朝ご飯も食べていないのに。

「いらない」それだけ答えると、光は暗い面持ちのまま玄関に向かい、行ってきますも言わずに外に出て行った。

私とお母さんと、目を合わすことすらしなかった。

光がアパートの階段を下りる音が、カンカンカン……と遠ざかっていく。

「光、今日も元気ないね」

光はこのところ、ずっと暗い顔をしている。

それに、ことあるごとに私やお母さんに反抗していて、光が家にいるときはいつも重苦しい空気が漂っていた。

「学校で、友達とうまくいってないらしいの。あの子あの身体だから、どうしてもクラスメイトと同じように行動できなくて、それを不満に思っている子がいるみたいで……」

光が出て行った玄関扉を哀しげに見つめながら、お母さんが言う。

「そうだったんだ……」

重度喘息の光は、体育に参加できない。

放課後友達と走り回ることもできないし、遠足にも行けない。

前のクラスでは、それでもうまくやってたみたいだけど、今回は違うらしい。 

クラスによって纏う雰囲気が違うことは、私もよく知っている。

「それに、病院のお友達とも、うまくいってないみたい」

「病院のお友達って、さっちゃんのこと?」

さっちゃんは、おそらく、光と同じ重度喘息の子供だ。

入院中は光の支えになってくれたし、退院後も、定期受診の際によく会ってたみたい。

お母さんは、重い表情で頷いた。

「学校でうまくいってなくてもさっちゃんがいるから、って気持ちが、あの子の中にはあったと思うの。だけど両方いっぺんに失ったから、苦しんでるんだと思うわ」

病は、心までをも蝕む。

悪性リンパ腫だったお父さんもそうだった。

愚痴ひとつ吐かない気丈な人だったのに、晩年、やりきれない表情で項垂れている姿を何度も見た。

そのたびに私はお父さんに元気を取り戻してもらおうと、明るく振る舞った。

だけどお父さんは、力なく笑うだけだった。

病気の苦しみは、当人にしか分からない。

光は、病と、孤独と、寂しさと、苦しみを抱えている。

それは、あの小さな体が抱え込むには、あまりにも多すぎる。

どうやったら、弟を救えるだろう。

いつまで経ってもその答えを見いだせないでいることが、歯がゆかった。