きみがため

机から顔を上げた小瀬川くんは、寝ぼけた顔で、モカ色の頭をガシガシ掻きながら黒板を見つめていた。

だけどすぐに立ち上がると、だるそうに黒板に向かう。

気だるげなのに、背が高いせいか、妙な存在感のある彼の歩き姿を、教室中の皆が固唾を呑んで見守っていた。

小瀬川くんはチョークを手に取ると、応用問題の方程式を難なく解いた。

チョークが黒板に数式を刻む音が、静まり返った教室内にリズミカルに響く。

想像もしていなかったほど、きれいな字だった。

流麗で、どちらかというと女子が書きそうな字体。

「……正解。戻っていい」

小瀬川くんが間違えるのを、期待していたのだろう。先生が、明らかに不満そうな声を出す。

「すげえ」
「かっこいい」
「天才じゃん」

そんな声がヒソヒソと飛び交う中を、小瀬川くんはまた気だるげに歩き、自分の席に着くなり突っ伏した。

すごい人だと思った。バイトしてても、ちゃんと勉強してるんだ。

家のことと勉強で手いっぱいの私とは、大違い。

少しだけ、飄々とした態度の小瀬川くんに、ジェラシーを感じた。