生徒手帳がないことに気づいて理科室に引き返した俺は、中でのやりとりを、すべて聞いてしまった。

彼女の背中が、廊下の向こうに遠ざかって行く。

思わず柱の陰に身を隠した俺に気づかないまま、彼女の後ろ姿はやがて見えなくなった。

「でさ、そのあと増村に廊下で会ってさー」

「ぎゃはは、お前、それヤバくね?」

理科室内にとどまっている斉木達の話題は、もうすっかり別のことに移っている。

まあいいか。生徒手帳ぐらい、明日増村が返してくれるだろう。

俺は結局そのまま、踵を返して、昇降口に戻ることにした。

これくらい、どうってことはない。

何度も自分に言い聞かせても、心臓は、不穏な鼓動をやめる気配がない。

このままいると、いつか君は、知ってしまうかもしれない。

僕が、君に何をしたか。

臆病な僕は、そのことが、君に全てを知られることが。

――この世が終わってしまうことよりも、恐ろしい。