きみがため

柔らかそうなモカ色の髪に、アーモンド形の瞳、スラリと高い背丈。

今日彼の名前を覚えたばかりだから、記憶に新しい。

「小瀬川くん……?」

顔は、そっくりだった。

だけど自信が持てなかったのは、薄いグレイストライプのシャツに、ロング丈の黒エプロンを身に付けた彼が、学校にいるときよりずっと大人びて見えたから。

席を立ち上がった客に向け、「ありがとうございました」と笑顔を向ける様子にも違和感があった。

とっつきにくい小瀬川くんのイメージには、重ならないからだ。

しばらくじっと彼を見てると、不意打ちで、彼がこちらに顔を向けた。

瞬間、彼は目を見開き、凄むような顔をした。

その顔は、今日の昼休憩に見た顔にそっくりで、確信してしまう。

――やっぱり小瀬川くんだ。

小瀬川くんはすぐに私から視線を逸らすと、店内に戻っていく。

そして、それ以降は一切こちらを見ずに、接客に戻っていった。

ずっと立ち止まっているのもおかしい気がして、私も足早にその場を離れる。

小瀬川くん、バイトしてるんだ。

たしかうちの高校、バイト禁止のはず。

校則を破ってバイトしている人なんて、きっと他にもいるけど、思いがけずクラスメイトの秘密を知ってしまってドキドキしていた。

明日、どういう顔をしたらいいんだろう?

向こうも絶対に私の存在に気づいてるから、『バイトしてるでしょ?』ってストレートに聞いた方がいいのかな? 

でも、話したこともないのに、変じゃないかな。

そもそも、話したことのない相手に話しかけるなんて、相当な勇気がいる。

そんなことをぐるぐると考えるうちに、だんだんどうでもいいことのような気がしてきた。

小瀬川くんとは、この先も、きっと深く関わることはない。

そもそも、私は口下手で、小瀬川くんは不愛想。

同じクラスとはいえ、深く関わるわけがない。

だから、何も見なかったことにしよう。気づかないふりをしよう。

そう決意すると、私は茜色の空の下に佇むバス停の前で足を止めた。