きみがため

私と桜人が霜月側の土手に辿り着いた頃には、空の藍色はより濃くなっていた。
 
川の両脇の土手には、屋台がズラリと軒を並べていた。

それぞれのお店を照らす光が、暮れかけの世界でそこだけ煌々と明かりを放っている。

ひしめき合う人々、子供の泣き声、楽しそうな笑い声。

「うわ、すごい人」

土手に下りる階段の手前で、桜人が心底驚いたように言った。

霜月川の花火大会の混雑は、地元では有名だ。

違和感を覚えて「来たことないの?」と、桜人を見上げる。

「窓から見たことはあるけど、こんな近くまで行ったことはない」

「そうなんだ。私も、来るのは六年ぶりなんだけどね」

お父さんが長期入院する前までは、毎年家族で来ていた。

金魚柄の浴衣を着せてもらって、お母さんに髪をアップにしてもらって。

普段はできない夜のおでかけに、心が躍ったのを覚えている。

「でも、前はこんなに人が――」

いなかった気がする、と言おうとしたとき、ドンッと誰かの背中が肩にぶつかって、よろめいてしまう。

「大丈夫?」

「ありがとう」

桜人に肩を支えてもらい、どうにか持ち直した。

その後も、人が前後左右からぐいぐいと私たちの間に割り込もうとしてくる。

すると桜人が、自分のシャツの裾を持って、私に言った。

「ここ、持ってていいから。はぐれないように」

「……でも伸びちゃうよ」

「別に、大丈夫」

あっさり言われて戸惑ったけど、有無を言わさぬ桜人の気迫に、素直に従うことにした。

一歩先を行く桜人のシャツの裾をそっと掴みながら、階段を下り、土手を行く。

桜人の歩みに呼応するように揺れるシャツに、どうしても意識が集中してしまう。

湿った草の匂いに混ざって、ベビーカステラや、イカ焼きの香ばしい匂いがした。

空はいつのまにか漆黒に染まり、星がまばらに輝いている。

夏の夜風を首筋に感じたとき、寂寥がふと込み上げた。

お父さんが亡くなった日、病院前のロータリーで、私の肌を撫でた風に似ていたから。

だけどこの手の先に、シャツの裾があって桜人がいるのだと思うと、寂しさが夜風にさらわれ、嘘みたいに消えていった。