だから杏様は、東堂から身を引きました。
それでよかった。むしろもっと早く……物心がつく前に、東堂から離れればよかった。

そうすれば、杏様に東堂だという責任感は、生まれなかった」


志木さんは自分の両手を擦りあわせて、何かを思い出すように目を閉じた


「あの日…杏様の卒業式の日に、祝いに来た鈴が目の前で拉致されました。でも今思えばそれも全て計画でしたね。

杏様は……鈴が死んだと思い、東堂に戻り、鈴が居なくなったことで取り乱す自分の母親に『鈴じゃなくて、お前が死ねばよかった』と言われました。

思い出しても…吐き気がする。

いまだにあの時の杏様の表情が忘れられません」


そう言って目を覆い志木さんは俯いた


こいつらは…何を抱えてんだよ
死ねばいいなんて…ましてや、自分の実の母親にそれを言われるなんて。

そして、それを見ていて何もできない悔しさ


痛いほどに分かる



「あまりにも取り乱し、暴れる母親。そして一瞬プツリと糸が切れたように黙り込み、杏様をみて言いました。

『私の可愛い鈴ちゃん』と。あの時母親の精神状態はおかしくなり……瓜二つの杏様を、鈴と思い込みました」