「虎治郎くん、おはようございます」

職員室へ向かっていると、僕の肩甲骨あたりの場所から、テンプレみたいな優しい年配男性の声がする。僕が小学校の時からちっとも変わらない、名物妖精校長先生だ。


「おはようございます校長先生。っていうか、校長先生が僕のこといつまでも下の名前で呼ぶから、子供達まで僕のこと名前で呼ぶんですけど」

「ふぁっふぁっふぁ。虎治郎くんはいつまで経っても虎治郎くんだ、仕方ないですね。諦めなさい」


この穏やかな妖精爺さんは不思議と憎めない。もう教師として就任して3年目だから先生として扱ってもらいたい部分もあるが、うんと長生きしているこの人からすれば、25歳の僕も14歳のさっきの生徒も、さほど変わらないのが事実だ。


「そういえば、さっき駐輪場でケンゴと会いましたよ。夏休みに珍しいですよね」

「ああ、彼も今年でこの島から出ることになるようですから。寂しいですが、本土の高校への受験がうまく行くよう、皆で支えてあげましょうね」


この島唯一の中学三年生、そうか。彼の家はお母さんが民宿で働いているから漁師にはならず本土の高校へ受験か。


この居心地の良い小さな島から、青臭い背中に羽を生やして巣立っていく。10年前の僕も、あんなにキラキラしていたのだろうか。