自然と張り詰めていた空気が緩まる。
「女の子に自分の好みを押し付けると嫌われるぞー」
晟也が面白がって來に向かってそう言う。
「茶化すな」
もうこの話は続ける気がないのか、私から顔を逸らして携帯を取り出した。
ドクドクと、心臓が興奮に高鳴る。
見えない恐怖がそっと近付いてくるように。私にあの子の影を見ればいいと、長かった髪を切った甲斐があった。
初めて來が私と対面したとき、僅かに目を見開いた彼を見て忘れてなどいないのだと分かった。
視覚の次は、嗅覚。思い出というものは厄介で、ふとした時に蘇る。
それを意図的にさせることも可能なのだ。
風がなびく度にこの香りを感じて、犯した罪を思い出しなさい。