「伊織くん、よね…?」
彼女の母親だろうか、中から伊織の名を呼ぶ声が聞こえた。
私の姿は壁に遮られて見えない筈だ。
「来てくれて、ありがとう」
母親のその言葉を聞いて、私は病室の前からラウンジに移動する。
伊織は事故の一因となった自分がお見舞いに行くことを気兼ねしていたようだけど、全然そんな心配いらなかったみたいだ。
声だけで、彼女の母親が伊織が来るのをずっと待っていたのが分かった。
彼女には母親もいて、3年間思い出さなかった日はないくらい大事に思ってくれる恋人もいて。
それでもいつ目を覚ましてくれるのかは誰にも分からない。



