リョウを意識するほどに、どうやって会話をしていいのかわからなくなっている。
 夜の街歩きをすることで、本当の自分になれた気がしていたのに、これまで知らなかった私が顔を出している。 
 
 リョウが好き。もっと彼のことを知りたい。でも、知りたくない。
 こんな複雑な気持ち、これまで感じたことはなかった。

 新刊の文庫を見るともなしに眺め深呼吸をする。吐き出した二酸化炭素が重い。
 ふと、誰かが私を見ているような気がして顔をあげる。昼間には似合わない紺のサマースーツを着た男性がこっちを見ていた。
 目を逸らしかけて気づく。

「あ、木月さん?」

 よく見るとPASTの木月さんだ。

「やっぱり亜弥さんですよね」

 にこやかな表情で木月さんは、するすると人の間を抜けて来た。

「よく似た人がいるなって思っていたんですけど、自信がなくて。普段着だと雰囲気が全然違いますね」
「そう……ですか?」

 自分じゃよくわからないので、あいまいに答える。そう言う木月さんも、暖色の照明の下でしか見たことがなかったので、まるで絵本のなかから抜け出してきたみたいに現実味がない。
 うんうん、と満足そうに木月さんはうなずいている。

「夜に(まぎ)れるような黒い服装しか見たことがなかったので新鮮です。とてもお似合いですよ」

 さらっと褒めてくれる木月さんに、もう私は言葉を選べない。本当に絵本の登場人物がしゃべっているみたい。

「お買い物ですか?」

 首をかしげる仕草がいちいち様になっている。

「べつに読みたい本があるわけじゃないんですけど……。木月さんは?」
「僕は出勤前にはだいたい小説を買ってから行きます。ピークまではヒマですから、一週間で三冊は読めちゃいます」

 たしかに手には文庫本が三冊あった。
 タイトルをのぞきこむと、どの本もタイトルの最後に『殺人事件』と書かれてあった。私の視線に気づいたのか、扇子(せんす)を広げるように見せてくれる。

「ミステリー好きなんですよ。特にクローズド・サークルものが好きでして……」
「クローズド・サークル?」
「嵐の山荘や、無人島に登場人物が閉じこめられるという設定のものです。ひとりずつ殺されていく、という趣味の悪いものです。ラストに明かされる犯人に毎回びっくりしてしまうんです」

 細い目を丸くした木月さんに私も(なら)う。青春系の爽やかな物語がお似合いなのに、見た目とのギャップが激しい。