『ねぇ、亜弥』
「ん?」
『あたしも夜の街歩き、ついていきたいな』

 最近の明日香はこういう提案をよくしてくる。
 明日香の家の門限は九時。絶対に無理なことは自分でもわかっているくせに、よほど興味があるのだろう。

「前も言ったけどさ、ひとりで歩くのが好きなの。それに、もしバレたら明日香のおばさんに殺されちゃう」
『リョウさんって人、見てみたいんだもん。思うんだけど、ふたりの出会いって運命っぽくない?』

 まだその話題を引っ張るか。テンションの高い声が耳に痛くてスマホを遠ざけた。

「どこが運命なのよ。ていうか、あの人、絶対に不良だと思う」
『どうして?』
「だって金髪だよ? それにすごく冷たい目をしてたし、ああいう人って心も冷たいに決まってる」

 彼の顔を思い浮かべる。
 普通はすぐに忘れてしまうのに、何日たってもまるでさっき会ったみたいに、顔も声も、髪も手も覚えている。

『冷たくないじゃん。だって、亜弥のこと助けてくれたんでしょ』
「うーん、そうだけどさ。うまく言えないけど、笑っているのに怒っているように見えたっていうか……」

 ――まるで世界中が敵みたいな。

 って、なに言ってるんだろう。

 ほんの数分話しただけの人の、なにがわかるというのか。こういう決めつけがいちばん嫌いなはずなのに、率先(そっせん)してやっている自分を軽蔑(けいべつ)してしまう。

 彼がベールのようにまとっていた雰囲気は〝怒り〟だった。
 にこやかな笑顔の下に、時限爆弾(ばくだん)のように破裂しそうな感情があった気がする。

「ま、とにかくこれから先は関わることのない人だしさ」

 話をまとめていると、

 ――ピンポーン。

 来客を知らせるチャイムが鳴った。

「ごめん、誰か来たから切るね」
『わかったー。またね』

 スマホの画面を切り、廊下を歩く。
 明日香に夜の街歩きの話をするのは、今後やめたほうがいいかもしれない。

「はい」

 ドアを開くと、スコープ越しで見たよりもさらに丸い体型の女性がいた。
 有名なネズミ型ロボットのキャラクターをとさせるかわいらしさ。