「なら安心だ」

 がはは、と笑ったお父さんが開けっ放しのリビングに目をやった。

「しかし、部屋がきれいっていいよな。なんでも屋さんのおかげだな」
「私だって掃除させられてるんだからね」

 前は散らかり放題だったのが嘘みたいに、家のなかがきれいになっている。あるべきところに物があり、ないべきところにはない。そんな当たり前のことも知らなかった。

「伊予さんもあと一週間で終わりだね」
「伊予さん? ああ、なんでも屋さんか」

 目をこすったお父さんが「情けないな」とつぶやく。

「本当ならお父さんが、お前にいろいろ教えてあげないといけなかった。仕事にかまけて、いや……逃げてばかりですまなかった」
「どうしたのさ、急に」
「これでも気にしてたんだぞ。九月からはお父さんにも余裕ができるから、今度こそちゃんと亜弥のこと、しっかり考えるから」
「……うん」

 照れくさい会話のBGMは、タブレットケースがドラムにぶつかる音。

「――伊予さん?」

 ふいにお父さんがつぶやいた。

「担当が変わったのかな?」
「え? 最初から伊予さんだったよ」
「若い人だろ?」
「若い……?」
「大学生で管理栄養士の免許を持ってて、収納アドバイザーの資格を取得中っていう――」
「え!?」

 思わず声をあげた私にお父さんは続けた。

「打ち合わせのときはすごく緊張しててな。でも、亜弥と年齢も近いからお願いすることにしたんだよ。たしか、伊予って名前じゃなかったと思う」

 スマホを取り出すと、画面から思いっきり目を離してお父さんは指先を動かした。急に鼓動が速くなっているのがわかる。

 お寿司と一緒に話をされるときのように、悪い予感が胸に広がっていく。

「あったあった」

 お父さんが言った。

「お父さんが面談したのは、倉井(くらい)みなとっていう人。二十一歳、A型ってメモしてあるぞ」

 息が、できない。


 ――ピーッ、ピーッ、ピーッ。


 洗濯が終了したことを知らせる音が、どこか遠くで鳴っている。