「はい。フランス語は、日常会話程度にできると思います。英語も、カナダに留学していたので問題ないです。」
私は迷った末、このプロジェクトに加わることを受け入れた。
「そうかそうか、良かったよ!そうと決まれば、すぐにでも異動の準備だ。他の案件と掛け持ちさせるわけにはいかないから、ちゃんと高瀬グループの件は誰かに引き継いでからいってね。」
「はい、承知しました。」
私はそう言って頭を下げると、自分のデスクに戻った。
正直、どんな顔をすればいいか分からなかった。成宮さんにも、同期のみんなにも、それに祐一にも。まさかこんな形で、彼と仕事をすることになるなんて思ってもいなかったから。
「蕪木さん、凄いじゃないですか!聞こえましたよ、パリ支社の立ち上げメンバー!大抜擢ですよっ!」
「うん、ありがとう。」
興奮した様子で迎えてくれた紗和ちゃん。でも、私はどこか喜びきれずにいた。
それから、他の同僚たちとも話をしていると、課長との話を終えた成宮さんが私の横をスッと通った。
「蕪木、じゃあ詳しいことはまた。」
私は通り過ぎていく彼に慌てて頭を下げながら、久しぶりに呼ばれた名前に、心臓がギュッと締め付けられた。
いつの間にか、"詩音"から"蕪木"と変わっていた呼び方。当たり前のことなのに、なぜか少し寂しさを感じている自分がいた。