「いや、お前は人の声に素直に耳を貸す男じゃなかったな」


「元はと言えば、凪が俺に吹っかけた喧嘩だ。発端はお前だろう、凪」


……白坂くんが吹っかけた喧嘩?



「しつこい男は嫌われるぞ?」


白坂くんが呆れたように半笑いを零すと──



「あの頃より勘が鈍ったんじゃないか、剣崎」



クスッと笑った白坂くんが、私を抱き寄せたまま勢いよくドアを開けた。


飛び込むように廃ビルへと引き返す。


ガチャン!と、重い鉄の音とともに、剣崎という男の気配が消えた。


……追ってくる様子もない。



視界は再び鮮明になって、私の瞳は白坂くんを映す。



「ルート変更だ。大丈夫か、水瀬?」


今にも泣きそうになっていた私に、白坂くんが優しく微笑みかける。



「大丈夫だ。アイツにお前の顔は見せてない」


「うん……っ」


私は拳を握って、白坂くんと廃ビルの中を駆け出した。





「──また会いに来るよ。愛しい凪のお姫様」



何も知らない私は、白坂くんの温かい手を繋ぎ直して、魔の手から逃走した。