「おばあちゃん、これは?」

 じいちゃんの葬儀から数ヶ月。
 ここは、いい加減部屋の片付けもしなければと祖母が言ったことに倣って、すっかりごった返してしまっていた祖父の部屋である。
 大学を出て、就職と同時に家を出ていた僕だったが、それがなかなかに厄介だからと、母から『手伝ってくれ』とメールが来た為、有給を使って帰省中だ。

 姉は、忙し過ぎて来られないらしかった。
 片付け初めてから気付いたことが幾つか——いや、幾つも。
 一言では片付けられない程に、色々と祖父のことが分かって来た。

 と、言うのも。

 祖父は、自分から自分のことを話したがらない人だった。いや、それも違うな。
 聞いたって、何度尋ねたって、一度たりとも自分のことを語って聞かせてくれたことなど無かった。
 寡黙な方ではなかった。むしろよく喋る人で、楽しい話から家の周りの歴史や逸話、時には怖い話やその実体験なんかも話していた。

 しかし、ひとたび仕事や祖母との馴れ初め、そういったパーソナルな部分に触れた瞬間、祖父は決まって「そのうちな」と言って誤魔化した。
 祖母も祖母で、その度「ええ、そうですね」と言って笑っていた。

 その内って、いつ来るのだろうか。

 来年か。再来年か。
 高校を卒業したら?
 二十歳になったら?
 あるいは僕が、仕事を初めて結婚でもしたら?

 そんな思いで、ずっと待っていたのに。
 祖父は、気が付けば死んでしまっていた。

 病気だった。それも、何年も何年も患っていたもの。
 それを聞かされてからこっち、色々と忙しくて、祖父の話どころではなくなって。
 そのまま、何も語ってくれない内に——

 死んだ後で結局知るくらいなら、祖父の口から聞きたかった。
 溜息交じりが作業は続く。
 やり残したこと、沢山あったのに。
 まだまだ聞きたいこと、飽きるくらいあったのに。
 嫌がっても聞き出してやれば良かったと、後悔だけが渦巻く。

「拓海、そっちはあんたに任せるわね」

 母が言う。
 はいよ、と軽く返事をして、目の前に広がる山を片付けていく。
 と、取り掛かったそこで、僕は一つ、何故かとても気になるものを手に取った。

「これ……」

 安っぽい綴じ方のされた、表紙と思しき面に『Lien』と小さく書かれた薄い本。
 適当に開いてみたそこには、びっしりと、ピアノの譜面らしきものが書かれていた。