彼女が去った僕の部屋はひどく広く感じ、なんだか淋しげなものとなったが、それとは対照的に僕の心はゆったりと落ち着いたものだった。






僕は三階の窓から、大通りへと向かう小さくなる彼女に手を振り、描きかけの小説へと手を伸ばす。
僕の仕事と云えば、本来は小説家なのだが収入のほとんどは地元の新聞でのコラムとちょっとした雑誌のエッセイが主で、僕の小説は一度も本になどなったことはなかった。



彼女は「貴方の小説が本になったら一番最初に購入するわ」と云ってくれたが、いったい何年先の話になるか分からないな、とちょっとだけ思った。





一区切り、描き終えたところで読み返してみると、なんだか今までに描き得たことのない“あたたかみ”のある文章に感じられた。


僕が批判されるのは、いつもここだった。
いくら読んでも冷たい、暗い感じのする文章、そして面白味のない既に誰かに使い古された言い回しが僕の小説を駄目にしているのだと云う。
さらには、僕の名前が致命的だと云われた。(僕は僕の本名で何が悪いと云うのか。僕はペンネームなど使いたくはなかった)