その甲斐あってか、戻った彼女はコーヒーを飲みながら鼻歌を歌っていた。そして「こんなに機嫌のいい朝は滅多にないのよ」と微笑んだ彼女に僕はまたもや明確な理由は無くとも、とても幸せな気分になった。



僕の作った朝食を食べながら、彼女は「どうしてこのスクランブルエッグはこんなに私の母の味に似ているのかしら?」と首をかしげ、少し焼き過ぎたふしのあるベーコンも美味しいと云って食べてくれた。


僕は久々に誰かとともに朝を迎え、食事をしたせいなのか、それとも彼女のせいなのか、自分の腕を疑う程に美味く感じられた。





朝はマーラーの五番を静かに回していた。小澤のマエストロは抑揚をつけて、時折自己主張を忘れない。
猫はもう食後の眠りについていた。




朝食の後片付けは彼女がすすんでやってくれた。
僕はゆっくりコーヒーとタバコを楽しんでいた。


彼女は昼の出社まで、まだ時間があることとタクシーを使えば、一度自分の家へ戻っても職場までそれほど遠くはないことを考慮して、少しゆっくりしていってもいいか?と尋ねた。
僕は勿論だと答えた。