「ああ、いいよ。二時にね」


「ええ、このお店じゃ、美味しいコーヒーは飲めそうにないものね」


多少、声のトーンを落とした彼女に合わせて、僕も小声で返す。


「確かにね」


「じゃあ、来週に。さようなら」


「ああ、さようなら」


彼女は枯れたヒマワリ色のバッグを掴んで立ち上がり、自分の分の会計を済ませると振り返りもせずにドアを開け、僕は何事もなかったかのように取り残された。





そうして僕は約束をしてしまったという訳だ。
名前も知らないような女性とさ。





煙草をゆっくりと、もう一本吸い終えると僕も店を出た。



外は少しだけ、陽が翳りはじめていた。

雨上がりの空気とぽかぽかした陽気はその名残りだけを石だたみに映し出している。



僕はひとり、家路に向かって歩き出していた。