「おまえの愚痴なんかいちいち覚えてられないくらいに忙しいって言ったろ。酒の席での女の面倒くさい話なんかが、記憶に残るわけがないだろ」
〝おまえの話なんかどうでもいい〟とでも聞こえてきそうな、上から目線の偉そうな態度だった。
これでも私は結構傷ついている。そりゃあ、たかが恋愛と言われればそれまでだけど、二年間も一緒に過ごしてきた相手に最初から裏切られていたんだから、傷は深い。
それを面倒な愚痴なんて言葉でくくってほしくもない。
でも、そんな怒りを感じたのはほんの一瞬だった。
気付けば取り繕わなきゃという気持ちは消え、呆れ笑いがもれていた。
言っちゃダメだと張っていた気が緩み、肩の荷が下りた気分だった。
「そうだよ。大事なひとには言えないの。相手の機嫌を損ねるのが怖くて、なにも言えない。だから……こんな目に遭わされたのに光川さんを責めることもできていない」
ぐっと、一度歯を食いしばってから続ける。
「私、ややこしいんだよ。正義感強いくせに大事なひとの顔色窺って言葉飲み込むし、母親みたいにならないように、きちんと一線引いて理性の効く範囲で付き合いたいのに、実際はできてないし……全然うまく生きられない」
テーブルの上に置かれたグラスを見つめる。
半分ほど残ったオレンジ色のカクテルは、底に向かって色が濃くなっている。そのグラデーションが綺麗だった。



